2013年05月17日

【ちほく高原鉄道・廃線めぐりレポートE南本別駅〜岡女堂駅】

訪問日:2012年10月9日

南本別駅の次は、岡女堂駅です。
駅間は、3.8Km。


※クリックすると、別ウィンドウで開きます。

南本別駅を出たちほく高原鉄道は、国道に沿って進んでいきます。

道路との最初の交点は、地図16-@地点。

道路には、線路を埋めた跡が残っていました。



岡女堂駅方面を撮影してみました。下の写真です。
道路から左の電柱がある方角へ向けて線路があったようなのですが…



 
 どこでしょう??


この先もずっと、線路はずっと国道沿いに進みます。
が、藪が高すぎて、痕跡は見られません。



※クリックすると、別ウィンドウで開きます。

あと少しで岡女堂駅という辺りまで来て、

 
 あ!おくたん、カメラ!


 
 えっ?あ!


「岡女堂」の標識が!(下の写真)



背の高いススキに埋もれかけています。(下の写真)



 
 むしろこのススキがすごいよね、何か。


そろそろ草木も枯れているだろうという目論見で
10月を選んでやってきたのに、あまりに暑くて、
藪、健在過ぎです。

標識の前を通り過ぎてしばらくいくと、駅の手前で線路と道路が
交差します。
地図17-@地点です。
立派な横道ですが、この付近には線路の痕跡は皆無です。(下の写真)



地図17-@地点からも目視できる距離に、ぴかぴか立派な
岡女堂駅がありました!



岡女堂駅は、ちほく高原鉄道の他の駅と比べると、一番新しい駅です。
他の駅のほとんどが国鉄時代から営業していたのに対し、この駅は
隣接する「岡女堂」本別工場の為に、1995年、岡女堂が社費を投じて
新設したものです。



 
 あ!駅名標があるよ!


駅名標に記された駅名も、岡女堂のロゴと同じになっています。



岡女堂駅は、単式ホームの無人駅だったそうです。
Wikipediaによると、駅舎に入るには岡女堂の工場の敷地を
通り抜けなければならなかったとか、列車の到着時にはホームの
スピーカーから岡女堂社長の作曲した音楽が流れていたとか。

ちなみに、岡女堂は、甘納豆の老舗メーカーだそうです。

 
 …初めて聞いた名前だなあ。


この岡女堂、今も駅のそばに大きな工場があるのですが、
実は岡女堂駅を作った「岡女堂」と現在の「岡女堂」は
異なるんだそうです。

神戸に本社がある「岡女堂」がこの駅を作った後、
岡女堂本別工場が「とかち岡女堂」として別会社(子会社)となった
のですが、ちほく高原鉄道の廃線直前に経営破綻してしまったのだそうです。
(岡女堂本体も2006年11月末に経営破綻したそうです。)

現在の岡女堂の工場は、「岡女堂」の土地や建物などを買収した
株式会社阿寒グランドホテル(鶴雅グループ)の子会社
「株式会社十勝豆工房 岡女堂本家」が経営しています。

廃駅となった岡女堂駅も、現在はこの株式会社十勝豆工房
岡女堂本家の所有となっています。

株式会社十勝豆工房 岡女堂本家のホームページには、
岡女堂駅跡も紹介されています。

十勝豆工房 岡女堂本家


廃線前の岡女堂駅の様子は、下記のサイトさんで見る事が出来ます。

岡女堂駅藻岩車掌所さん
 現役時代〜廃線直後の様子まで見る事が出来ます。

つちぶた本舗の全駅訪問の旅「岡女堂駅」


7駅を回り、そろそろ太陽も高くなってきました。

 
 がるるる〜(ハラヘッタ)


 
 がるるる〜(ハラヘッタ)


次の本別駅まで行って、お昼にします♪

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2013年05月09日

【ちほく高原鉄道・廃線めぐりレポートD勇足駅〜南本別駅】

訪問日:2012年10月9日

勇足駅を出ただんなぽんとおくたんは、次の駅、南本別駅へ
向かいます。
駅間は、2.7Km。
先の大森〜勇足駅間よりも短い距離です。


※クリックすると、別ウィンドウで開きます。

勇足駅を出た線路は、畑の合間を突っ切って、ただひたすら
真っ直ぐに伸びていきます。
地図15-@地点で南本別駅方面を撮影しました。(下の写真)
車の轍ができちゃっています。



対する池田駅方面は、藪です…(下の写真)



線路跡をちょっと離れて撮影すると、下の写真のようになります。
多分、地図15-A地点辺りから撮りました。



 
 手前の草むらと、遠くの山の間に横一文字に伸びている
 もこもこした草むらが線路跡です。

線路は、北海道糖業本別製糖所の際を進んでいきます。
地図15-B地点で、線路と道路が交わりました。
写真撮影を行ったものの…

 
 藪です。

下の写真は、南本別駅方面を撮影したもの。



そして、この下の写真が、池田駅方面です。もじゃもじゃ。



この地図15-B地点のすぐ先に、地図でも分かるように小さな川が
あるのですが、この川をまたいでいる橋を発見!!




 
 おおおぉお!おくたん!


 
 すごーい!残ってるね!


橋の表記もばっちり確認できました。



橋を離れて、道路が左へ大きくカーブする少し手前に、
駅へ入る小道がありました。




 
 こ、こ、これはもしかして…


 
 あっ、すごーい!




南本別駅は、単式ホーム1面1線を有する無人駅。
ホームと待合室が残されていました!

 
 6駅目にして、ついに廃駅らしい駅に出会えたねっ!


だんなぽんは、大興奮です!
ホームに上ってみると、ぼろぼろで所々崩れかけています。



 
 大丈夫かな…ちょっと怖い…


掘っ立て小屋風の待合室は、頑丈なのか無事。



中の壁面には、廃線以前から張りっぱなしと思われるポスターが。



駅名標がはずされた枠に、葉っぱが襲いかかっています。
線路がはずされた地面には、赤いバラストが僅かに残されています。



 
 見事に、周囲に何もないね。


 
 この駅、どのくらいの人が利用してたんだろ…


この日のこの時間帯は、10月だというのに日差しも強く、暑くて、
何だか遠い夏の日みたいで、ノスタルジーを感じました…


現役時代の南本別駅は、下記のサイトさんで確認できます。
何だか、廃駅になった今とあまり変わりがないような…

つちぶた本舗の全駅訪問の旅「南本別駅」


続いて、岡女堂駅に向かいます。

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posted by おくたん at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) |  └北海道ちほく高原鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月25日

【ちほく高原鉄道・廃線めぐりレポートC大森駅〜勇足駅】

訪問日:2012年10月9日

大森駅を出ると、次の駅は勇足駅です。
駅間は、4.3Km。
池田駅からは、20.8Km地点になります。


※クリックすると、別ウィンドウで開きます。

大森駅を出ると、線路は国道からそれてしまいます。
国道のカーブ地点から見ると、ブッシュと化した線路跡が
伸びているのが確認できます。(地図12-@地点)



 
 路肩の草むらと背後の山の間にあるブッシュです。




※クリックすると、別ウィンドウで開きます。


少し進むと、細いダートと線路跡が交差していました。
地図13-@地点です。

池田駅方面を撮影してみました。
藪、もとい、線路跡が続いています。



 
 畑の中を線路が突っ切ってるって感じだよね。


 
 人工構造物が少ない…


地図13-@地点よりは大きくて舗装された道路と交差している
地図13-A地点は、踏切が潰された形跡が(下の写真)。



勇足駅方面は線路跡がもっさりと残っていますが、↓



池田駅方面は、畑と一体化しつつありました。↓



 
 勇足駅側の線路跡が藪になっていなかったら、
 分かりにくいな〜こっち側は…



※クリックすると、別ウィンドウで開きます。


そろそろ勇足駅が近づいてきます。

地図14-@地点は、ダートと線路跡の交差地点です。
雑草も車の轍を残すように生えていて、この道からは完全に、
線路をまたいでいた形跡がなくなっています。



 
 ちょっと写真ボケてます…クスン


そして駅の手前、地図14-A地点には、
線路脇に、機器箱(っていうのかな?)発見!
(勇足駅方面を撮影)



 
 おお〜!
 何か現役当時の面影がちょっとずつ見えてきたかも?!


いよいよ駅です。


 
 駅間4Km位だから、早かったね。


 
 勇足って、変わった名前だよね。


Wikipediaによれば、アイヌ語で「頭が浜の方に出ている河原」を
意味する「エ・サン・ピタラ」という地名に無理やり当てはめた漢字が
「勇足」で、そのまま「ゆうたり」と漢字読みになったとのこと。

 
 というか、何で「エ・サン・ピタラ」を漢字に当てはめたら
 「勇足」になるのかがそもそも疑問ですが…


それはともかく、駅を見てみましょう♪

勇足駅は、コミュニティーセンターとの合築で、とても立派でした。



 
 随分ピカピカだね。


それもそのはず、この駅舎は、1993年(平成5年)に改築された
ばかり。
もともとの古い木造駅舎が、下記のサイトさんで確認できます。

池北線その1さいきの駅舎訪問

ちほく高原鉄道としての勇足駅は無人駅でしたが、
国鉄の池北線が廃線の危機になるまでは、この駅は有人駅で、
列車交換が行われていたそうです。

 
 今も、駅の周りは結構大きな集落だもんね。


この日はコミュニティセンターは施錠されていて、建物の中へは
入れませんでした。

でも、建物の裏側へ回ると…


 
 おおお〜!おくたん!!


 
 あっ!ホームっぽい!




上の写真は北見駅方面を見て撮ったものです。
線路の跡は完全に埋め戻されてしまっていますが、ここがホームで
あった事がわかります。

さらに、駅名標の外枠や標識が残されていました。↓



下の写真は、北見駅方面を撮影したものです。



 
 おおぉおぉお!!


 
 だんなぽんが興奮し始めた!



廃線前の勇足駅の様子を、下記のサイトさんで見る事ができます。

勇足駅(つちぶた本舗の全駅訪問の旅)


ちなみに勇足駅には、1962年(昭和37年)〜1984年(昭和59年)
まで、南本別駅裏手に開業した大日本製糖(後の北海道糖業)本別
工場との間に専用線があったようですが、その痕跡のようなものは全く
分かりませんでした。
(専用線は、本別工場の閉鎖に伴い廃止されています。)

次は、南本別駅へ向かいます。


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posted by おくたん at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) |  └北海道ちほく高原鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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